おしえる

チビ①はお金に興味があるようで,数字と併せてお勉強中です.

1円玉が10個で10円.
10円玉が1個で10円.

これらが当価値,同じということを理解するのにとっても時間がかかりました.くらいが上がるのって難しいですね.いったん気づいたら応用はできるようになりました.5円玉が2個で10円もわかってくれました.

明日には忘れているかもしれませんけどね!

日本地図パズルが完成できてご満悦のチビ①

さて,子どもたちに何かと教えるようになって思い出したのが,小学校の算数の時間でした.2桁の掛け算がたくさん書かれた算数の課題プリントが配られ,一斉に解きはじめて,解き終わったひとから採点してもらいます.で,全部正解で終わったひとは,誰々くん,ちゃんに教えてあげて,と頼まれていました.

今思うと,これ,終わったあとは好きなことしていていいよ,ただし静かにね,で良かったのではないかと思うのです.なんで,子どもに他人を教えることをお願いするのでしょう.ひとに教えると理解が進むよ,といいますが,理解が進むかどうかも定かではありませんし,教えることを専門に勉強していない,背景知識もしっかりしていない子どもにそれを任せて良いものでしょうか.先生,それあなたの仕事ですよね,と今なら思うのです.

子どもとしても,教えてあげる,教えてもらうという関係が出来てしまいます.そしてそれは大体固定され,歪な関係につながってはいかないでしょうか.当時,教えてあげる側だった私は優越感があったかもしれませんが,今思いだすと良い気がしません.

あの小学校,中学校という空間にこれからチビたちも行かねばならない(教育を受けさせるのは義務ですし)のかと思うと,複雑です.学校は社会の縮図といいますが,実際に社会に出てみると,学校の社会はあまりに狭く,その中のひとたちは実際の社会についてほんの一部しか知りません.自分の知っている世界がすべてだと,そう思うのはあまりに傲慢だよ,と教えてくれるのが学校であったら良いのにと思います.

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA